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特集:第7回 松下幸之助人生をひらく言葉

「独立心と責任感が力を生み出す」

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困難ななかをば切りひらいて、みずからの運命を開拓しょうというような意志の力というものが、私は非常に弱体化しているということを感じたのであります。
自分の責任においてどうしてもやらないかんとか、できなければ自分が腹を切らないかんというときには、及ばずながらでもできる限りの努力をするということは、これは人間の常であります。
しかし、やれるだけやってできなかったら、責任を持ってもらえるんだとなると、よほどの人でない限り、依存性が生まれてくる。
人間の心とはそんなもんです。

運命

昭和五十二、三年の頃の話です。当時は第一次石油ショック後の不況の嵐が日本全国に吹き荒れ、経済界は混沌とした状況でした。
 奈良にあった松下電器のある子会社も例外ではありませんでした。それまでも経営がうまくいかず赤字を続けていましたが、石油ショックで大きな赤字となり、本社からの借入金も大変な額になっていました。本来なら早々に撤退すべき業況であったかもしれません。けれども、本社の、悪戦苦闘している子会社への同情もあったのか、そうした状態を続けていたのです。
 相談役に退いていた松下幸之助は、飛鳥保存財団の理事長を務めていた関係もあって、奈良に赴いた時、久しぶりにその会社に立ち寄りました。
 松下は幹部と懇談するなかで、いろいろな新しい製品がつくられていることに最初は上機嫌でしたが、経営が赤字で本社から莫大な資金を借りていると聞いたとたん、「なに!」と、顔色を変えました。
 「それだけの売り上げをあげていながら、赤字とはなにごとか。そのような経営が松下のなかにあるとは知らなかった」
 松下は、その場で本社の経営幹部に電話をかけ、「君たちはこのことを知っていたのか。こんな会社に莫大な金を貸している本社が悪い。即座に引き揚げよ」と命じたのです。
 それを聞いて、子会社の責任者は青くなりました。資金を引き揚げられれば、資材の代金も、従業員への給料も払えません。
 「そうなれば、即刻倒産です。何とかしばらく猶予をください」
 責任者は必死になって懇願します。
「ダメだ。君たちのような経営者に金は貸せない。その代わり、銀行に紹介状を書いてやろう。それには、全員の知恵を絞って、銀行サイドから見てこれなら貸してもよいという計画書をつくらんとあかんな。そのうえで、土地と工場を担保にして金を借りればいい」
 責任者は、翌日、係長以上の全役付者を集め、「これからは松下電器の会社ではない。銀行から借りた金で再建をする。みなそれぞれの部署で黒字を出すための再建案をつくってほしい。それができなければ解散だ。松下電器に戻ることはできない。退職金は何とかする」と、切々と訴えました。
 それまで、〝本社は冷たい、こんなことでは子会社は育たない〟などと不満を言っていた役付者は、突然のことでびっくりしてしまいましたが、われわれの力で何とかしなければならないという気運が盛り上がっていきました。その結果、再建計画がつくられ、その線に沿って、さまざまなところで工夫改善が加えられ、徐々に経営も立ち直っていったのでした。
 松下は、「人間は無限の能力を持っている。しかし、その能力も発揮できる状況に置かれなければ発揮されない」と考えていました。
 だから、その状況を生み出すために、本社への依存心を断ち切り、独立心と責任感を求めたのでした。
 無責任な依存心からは何ものも生まれない、ほんとうの幸せも味わえない、というわけです。
 今日の世相を見るとき、今特に大切なのはこうした独立心と責任感ではないでしょうか。

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【松下幸之助】氏とは、中村社長が尊敬する人物の一人。
パナソニックの創業者である松下幸之助氏が生前に語られたお言葉は英知と洞察にあふれています。
この特集ページでは、毎号ひとつずつ皆様にご紹介いたします。(PHP出版の書籍より)
【松下幸之助】日本の実業家、発明家。
パナソニック(旧社名:松下電器産業、松下電器製作所、松下電気器具製作所)を一代で築き上げた経営者である。異名は経営の神様。自分と同じく丁稚から身を起こした思想家の石田梅岩に倣い、PHP研究所を設立して倫理教育に乗り出す一方、晩年は松下政経塾を立ち上げ政治家の育成にも意を注いだ。

PHP総合研究所 研究顧問 谷口全平
松下電器の創業者である松下幸之助は、資金も学問もなくしかも病弱。
「徒手空拳」ですらなく、マイナスからの出発であった。
にもかかわらず、かにして成功を収めることができたか?
本書は波瀾に満ちた94年生涯で語られた【人生をひら言葉】を軸に、松下幸之助の信条や経営観、人間としての喜びを解説した。「勝てばよし」がまがり通る今日、「なぜ生きるのか」を問う人生の書である。