平成29年6月 悠久の大義

  • 投稿日:2017年 6月29日

盛夏の候、

皆様方におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。


先日開催

させていただきました「下松本店ショールームオープン9周年祭」には、大変たくさんの一期一会クラブ会員様のご来場を賜り、誠にありがとうございました。日頃お客様とお会いする機会も減り、直にお声を聞く事も少なくなった中、イベントでお話できるということは、大変嬉しく2日間楽しい気持ちで過ごすことが出来ました。感謝の気持ちでいっぱいです。
 7月は岩国店にて「決算大謝恩祭」を開催いたします。また皆様にお会いできることを楽しみに、岩国店スタッフ一同、皆様のご来場を心よりお待ちいたしております。

致知6月号に

興味深い記事が掲載されていましたのでここで紹介いたします。

「日本のイエスと アメリカのノー」
ウシオ電機 会長 牛尾治朗

海外との交流が盛んになるにつれ、日本の文化と、事実上の世界標準である欧米文化との違いに直面する機会が多くなりました。
 戦後、私がビジネスで一番最初に痛感したのは、日本人が「イエス」から始まる民族であるのに対し、欧米人は「ノー」から始まる民族だということです。
 昔から異民族との戦いを繰り返してきた欧米人は、交渉においても相手に対する不信感が前提にあり、簡単には「イエス」と言わないルールと文化を育ててきたのです。それゆえに、日本人が相手の話に九十九%まで不賛成でも、共感する部分が1%でもあれば、「イエス、バット...」と応じるのに対し、アメリカ人は、100%「イエス」の時だけが「イエス」であり、90%賛成でも、10%不賛成なところがあれば「ノー、バット...」と返してくるのです。
 私が初めてアメリカで商談に臨んだ時、先方から「ノー」と言われ、気落ちして引き揚げようとすると、「ちょっと待ってください」と呼び止められました。わざわざ東京から来たのだから、もっとあなたの言い分を聞かせてほしいと言うのです。そこから突っ込んだ話し合いが始まり、商談はめでたくまとまったのでした。
 逆の体験をしたのが、留学時代に知り合ったアメリカ人でした。彼が日本の会社に部品調達に来て条件を提示すると、担当役員は「イエス、やりましょう」と快諾。喜んでいると、後日現場から「一部仕様を変更しなければ難しい」と連絡が入り、渋々譲歩する。その後も価格や納期についての変更要請が相次ぎ、結局何も決まらないまま帰国してしまいました。
 日本の担当役員の「イエス」には、100%「イエス」ではなく、30%の「イエス」で70%の「ノー」でも「イエス、バット...」と応じる日本人特有の心理もうかがえます。しかしアメリカ人に対しては、日本人の「イエス」がいかに不確かなものであるかを印象づける結果となってしまったわけです。
 もう一つ感じるのは、沈黙についての認識の違いです。
 かつて「男は黙って〇〇ビール」というコマーシャが大ヒットしました。つべこべ言わずに飲み干すのは当然旨いからであり、日本では最高の賛辞と受け止められるでしょう。
 しかしその考え方は、欧米では通用しません。具体的にどこがどう旨いのか、しっかりプレゼンテーションしなければ、相手によさを理解してもらえないのです。
 日本には、自分が高邁な信念や理想を持っていれば、見る人は見ていてくれるはずという考えがあります。しかし欧米社会では、その信念や構想を、どれくらい他人に理解させ、納得させたかという量で価値が決まり、黙っていたのでは認められないのです。
 幸い、安倍首相はそうした文化の違い、考え方の違いを乗り越えて、巧みに諸外国との外交を捌いています。いまは一部の限られた人ばかりではなく、誰もが国の枠を越えて行き来する時代です。一人ひとりが「謙譲」や「察し」といった日本人の伝統的美質を大切に守りつつも、海外では他国の人々との違いをしっかりと理解し、共存のために努力を重ねていくことによって、我が国もより多くの好機に恵まれることになるでしょう。

 世界のバランスが崩れつつある今だからこそ、日本人特有の美質というものは失ってはいけない、大切にしなければならないと思います。




※こちらのコラムは、弊社情報誌「ありがとう。」vol.81に掲載しています。
岩国市・下松市のリフォーム会社サン・リフォーム【情報誌】詳細



「ありがとう。」は、下松本店や岩国店のイベント、施工例など、様々な情報をお届けしています。
岩国店・下松本店|サン・リフォーム情報誌「ありがとう。」ご案内








平成29年5月 悠久の大義

  • 投稿日:2017年 5月 2日

青葉若葉の

さわやかな風の吹く季節になりましたが、皆様方におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。

3・11の

大震災が発生し、大災難の中日本国民が自制や自己犠牲の精神で震災に対応し、日本人の美質、日本文化の核なる部分が日本人のDNAの中に脈々と生きていると確信し、必ずや日本国が良い方向に向かうのではと思っておりましたが、最近、日々目の当たりにするニュースは思いとは全くかけ離れたものです。
SNS等による他人への無慈悲な攻撃、犯した罪、失態を本人が認め、反省し、謝罪し、社会的制裁を受けているにもかかわらず執拗なまでの、人格を否定し、抹殺せんとする様な攻撃、孔子の言葉に『罪を憎んで人を憎まず』という言葉があります。日本人の美徳はどこへ行ってしまったのでしょうか。
又、虐めによる問題は後を絶ちません。先日の新聞に福島の原発事故で横浜市に避難した中学生が「菌」というあだ名をつけられ虐めを受けたという記事がありました。生徒側は何年も前から学校や教育委員会に相談していたにもかかわらず適切な対応がなされず不登校を繰り返すようになったというのです。
当時者意識のない学校や教育委員会に強い憤りを覚えます。
一人一人がこの様な問題に関心をもち、他者へのおもいやりの心を持ち理不尽な行為を絶対に許さない社会にしていかなければならないのではないでしょうか。その際に不可欠なのが『道徳心』です。
よい社会にする為に一人一人が自分の考え方、行動を変え、小さな事からでも『利他』の精神で『徳』の積んでいける様な生き方をする事だと思います。今の世の中、将来不幸になる生き方をしている人がなんと多いことか。嘆かわしいことです。
人々の間に、道徳人や責任感が養われ、お互いを励まし合い、褒め、認め合う、思いやりに満ちた温かい日本を築ける様願ってやみません。      
一灯照隅 万灯照国

教育勅語 ~現代語訳~

私が思うには、我が皇室の先祖が国を始められたのは、はるかに遠い昔のことで、代々築かれてきた徳は深く厚いものでした。我が国民は忠義と孝行を尽くし、全国民が心を一つにして、世々にわたって立派な行いをしてきたことは、わが国のすぐれたところであり、教育の根源もまたそこにあります。あなたたち国民は、父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は仲むつまじく、友達とは互いに信じあい、行動は慎み深く、他人に博愛の手を差し伸べ、学問を修め、仕事を習い、それによって知能をさらに開き起こし、徳と才能を磨き上げ、進んで公共の利益や世間の務めに尽力し、いつも憲法を重んじ、法律に従いなさい。そしてもし危急の事態が生じたら、正義心から勇気を持って公のために奉仕し、それによって永遠に続く皇室の運命を助けるようにしなさい。これらのことは、単にあなた方が忠義心あつく善良な国民であるということだけでなく、あなた方の祖先が残した良い風習を褒め称えることでもあります。このような道は、実にわが皇室の祖先が残された教訓であり、その子孫と国民が共に守っていかねばならぬことで、昔も今も変わらず、国の内外をも問わず、間違いのない道理です。私はあなた方国民と共にこの教えを胸中に銘記して守り、皆一致して立派な行いをしてゆくことを切に願っています。

 正しい理念、哲学は不滅不朽なものである。


平成29年3月 悠久の大義

  • 投稿日:2017年 3月27日

春風にのって

ほのかな花の香りが漂うころとなりましたが、皆様方におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
先日、岩国の地にサン・リフォーム2号店である岩国店を開設することが出来、2月25日・26日のオープンイベントでは沢山のお客様のご来店を賜り、誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。
私の故郷ということもあり、旧友や縁故ある方々に多数お越しいただき、お祝いや励ましのお言葉を頂き、喜ばしく心温まる時間を過ごすことが出来ました。10年前の創業時の初心を忘れることなく、"先義後利"の経営理念を貫徹すべく岩国店の壁面に大きく"悠久の大義に生きる"という私の志を提示させていただいております。
悠久の大義とは、"商"が"商道"という道を歩むようになった頃に、日本古来の武士道精神から派生したものです。
私にとっての"悠久の大義"は商人としての道だけではなく、私の人生そのものの道であり、志であります。"悠久の大義に生きる"。それは、正しく生きる、美しく生きる、"大和魂"のこととして捉えています。商道においては、50年後、百年後、私達の商が正しい商であった、世の為、人の為に成る企業であると言っていただける様な倫理、道徳に富み、地域社会に貢献できる企業であることだと思います。
10年を節目に新たなる10年を迎えるに当たり、志を高く持ち、社員一同精進して参ります。
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6年目の3・11を迎えて

私は6年前の2011年4月号の"ありがとう"で次の様な文章を書かせていただきました。

『この非常時の今、日本人として思うこと』として、「二十五歳の女性、遠藤未希さんの死」について書かさせていただきます。『運命は選択できないが運命に対する姿勢は選択できる』彼女の行動はまさしくこの言葉に尽きると思う。宮城県南三陸町の町役場危機管理センターの職員の彼女は、津波が押し寄せてくる中、「早く逃げてください。六メートルの波があります」と最後まで放送を続け、結局津波にのまれた。住民を救おうとマイクを放さず目前に津波が迫る恐怖と闘いながら、公人としての使命を全うすべく二十五歳という若さで最期を遂げたのです。
多くの住民は彼女の振り絞る声を聞いて無事、高台に逃れた。
海外の新聞には彼女の記事が次の様に掲載されている。
『日本が地震による大災難を乗り越えて立ち上がるのは時間の問題だ。円高が維持されているからでもなく、日本政府が莫大な資金を供給しているからでもない。混沌の中でも落ち着きと節制を失わない市民の精神が生きていて、住民の為にマイクを最期まで放さない公人精神が残っているということ。これ以上の災難克服意志を示す証拠はない。遠藤さんの場合、町役場の末端職員などという考えはなく、住民の安全の責任を負った最高の公職者のように行動した。』又、他の海外メディアのコメントで、『日本人がこうした状況下で米国の様に略奪や暴動を起こさず、相互に助け合うことは全世界でも少ない独特の国民性であり社会の強固さだ』又、地震当日の東京において切迫した状況にもかかわらず、コンビニやスーパーなどの施設は通常通り営業した。そこにできた長蛇の列に住民は整然と並びきちんとお金を支払って買物をした。鉄道機関は夜通し運行した。大混雑の中で乗客はお年寄りや妊婦に席を譲ったというこの様な当り前の行動は実は世界に誇るべきことなのだ。
 アメリカのメディアは「有史以来最悪の地震が世界で一番準備され訓練された国を襲った。犠牲は出たが、他の国ではこんな正しい行動はとれないであろう。日本人は文化的に感情を抑制する力に優れている」と。又、「日本国民が自制や自己犠牲の精神で震災に対応した様子は広い意味での日本の文化を痛感させた。日本の文化や伝統も米軍の占領政策などによりかなり変えられたのではないかと思いがちだったが、文化の核の部分は決して変わらないのだと今日、思わされた」と、私はこの様な記事を読んだ時、『日本は変わる、変わらなければならない』と強く思った。近年の日本は若者の引きこもり等後ろ向きの傾向、公より個の優先、日本の経済文化の下降、政治の困迷の中、この震災が日本国家と日本民族の底力の再発見を促し本来の日本文化に基づいた新しい目的意識を持つ日本人を創造すると確信する。震災を契機に我が国が世界に向けて模範を示し新たな地平を拓き、我々残された日本人は無念にも災害で亡くなられた方々の霊に報いる生き方をする事が我々の使命だと思う。

しきしまの 大和心の ををしさはことある時ぞ あらはれにける   明治天皇 御製


あれから6年、平和な日々が続くおかげなのか、公に対しての問題意識の希薄さからか、無念にも亡くなられた方々の霊に報いる生き方をしているといえるのか、今の日本を嘆かわしく思うのは私だけでしょうか。
美しい国日本の構築の為に、一燈照隅 万燈照国。



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