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vol.89 特集:第24回 松下幸之助人生をひらく言葉
「いっさいのものには寿命がある」
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| 人間に寿命があるように、仕事にも、やはり寿命があると言えるのではないかと思う。しかし、だからといって、努力してもつまらない、と放棄してしまうようでは、人間言うところの天寿を全(まっと)うせしめることはできない。これはいわば人間はやがて死ぬのだからと、不摂生(せっせい)、不養生(ようじょう)の限りを尽くすのと同じであろう。それよりむしろ、いっさいのものには寿命がある、と知ったうえで、寿命に達するその瞬間までは、お互いがそこに全精神を打ち込んでゆくことこそ大切ではないかと思う。 |
松下幸之助は生前、
立花大亀(だいき)老師と親しくおつきあいをしていました。
老師は松下より五つ年下で、大徳寺の最高顧問をも務められたいわゆる高僧ですが、松下は老師と世間話をしたり、教えを受けたりすることを楽しみにしていたのです。
あるときこのような問答がありました。
「和尚さん、あなたは禅宗ですが、禅宗の将来はどうなるんですか」
「自然消滅ですな」
「和尚さん、あなたは禅宗のお坊さんですよ。そのあなたが、禅宗はやがて自然消滅するというようなことを言っていいのですか」
「いや、それがほんとうのことなんです。というのは、この世の中のすべてのものには寿命があるんですよ。だから、禅宗といえども、時が来て寿命が尽きれば自然消滅するんです」
「それでは一所懸命、布教したり説教したりしても、甲斐がないのと違いますか」
「いや、そんなことはありません。それはね、寿命が尽きたらものがなくなるというのが原則なんです。しかし、なくなる瞬間までは、やはりそれに取り組んで努力する。それが禅宗の坊主の勤めですわ。だからわしは、自然消滅するということはよく知っていて、それを前提としてはいるけれど、自分が息を引き取るまで、禅宗のために大いに勤めていくんです。それがわしの役目やから。しかし、あんたのように、禅宗が将来どうなるかと尋ねられたら、消滅すると言うよりしょうがない。もっとも、それが千年先か、一万年先かは分からん。けれども、いつか消滅する。そう答えざるをえんのです」
「すると、松下電器もいつかは消滅しまんな」
「その通りです」
こうした問答のなかから松下は、商品や企業、あるいは宗教や思想にしても、やがては寿命が尽き、また新たなものが生まれてくる、それが世の道理であり自然の理ではあるけれども、その寿命が尽きる瞬間までわれわれは全力を尽くさなければならない、と改めて考えさせられたのでした。
▲左写真/立花大亀(たちばな だいき)1899-2005
臨済宗。明治32年生まれ、大正10年出家し、京都大徳寺塔頭の徳禅寺住職となる。大徳寺派宗務総長を2期つとめ、昭和38年最高顧問、48年大徳寺内に如意庵を復興して庵主となる。利休のお茶を愛したひとでした。
▲中央写真/大徳寺芳春院/臨済宗大徳寺派。大徳寺塔頭。1608年(慶長13)、前田利家の夫人松子(芳春院)が玉室
宗珀を開山として建立。前田家の菩提寺。
▲右写真/大徳寺芳春院大書院
▲立花大亀老師主な著書。利休のお茶についての著書が多いです。
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| 松下幸之助氏とは、中村社長が尊敬する人物の一人。 パナソニックの創業者である松下幸之助氏が生前に語られたお言葉は英知と洞察にあふれています。 この特集ページでは、毎号ひとつずつ皆様にご紹介いたします。(PHP出版の書籍より) 【松下幸之助】日本の実業家、発明家。 パナソニック(旧社名:松下電器産業、松下電器製作所、松下電気器具製作所)を一代で築き上げた経営者である。異名は経営の神様。自分と同じく丁稚から身を起こした思想家の石田梅岩に倣い、PHP研究所を設立して倫理教育に乗り出す一方、晩年は松下政経塾を立ち上げ政治家の育成にも意を注いだ。 PHP総合研究所 研究顧問 谷口全平 松下電器の創業者である松下幸之助は、資金も学問もなくしかも病弱。 「徒手空拳」ですらなく、マイナスからの出発であった。 にもかかわらず、かにして成功を収めることができたか? 本書は波瀾に満ちた94年生涯で語られた【人生をひら言葉】を軸に、松下幸之助の信条や経営観、人間としての喜びを解説した。「勝てばよし」がまがり通る今日、「なぜ生きるのか」を問う人生の書である。 |











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