平成30年11月 悠久の大義

  • 投稿日:2018年 11月 1日

鮮やかな紅葉の候、

皆様にはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
先日2店舗で開催いたしました【秋のわくわくリフォームまつり】には、沢山のご来場をいただき誠にありがとうございました。下松本店では、台風最接近で悪天候の中開催...運営に悪影響もあったかと思います。それにもかかわらずご来店いただきました、本当に感謝いたします。


沖縄県知事選

先般行なわれた沖縄県知事選。野党の玉城氏の勝利に終わり、辺野古反対派が勢いを増すこととなりました。
皆様方はあの選挙戦を通じ、沖縄の人達の選択をどの様に感じましたか?
沖縄を内から滅ぼす"被害者史観"について!!
敗戦後、日本のGHQによる「自虐史観」を植えつけられ、今もその後遺症に苦しんでいます。一方で、沖縄は左翼組織が作り出した「被害者史観」によって、骨の髄まで食い尽くされました。この日本人の「自虐史観」と沖縄の「被害者史観」の組み合わせの構図こそが今起きている沖縄問題の全ての根本にあると思います。

我々本土に住む日本人は、沖縄というとあの戦争で唯一米軍の上陸を受けて多な犠牲を出し、日本復帰後も狭い国土に多くの基地が作られ多大な負担を強いられている、この様なことが盛んに報道され学校でも教えられてきたことから"どこか後ろめたい"といった罪悪感を持ち続け腫れ物に触るように沖縄に接し政府は特別扱いをし続けました。もちろん沖縄戦で多大な犠牲が出たこと、米軍基地の負担を負っていることは事実ですが、この「沖縄だけは仕方ない」という態度が我々の目をくもらせ、思考を止め、真実を見えにくくし、被害者史観に染まった沖縄を増々おかしな方向へ導いてしまったのではないでしょうか。いち早くその弱みを見抜いた中国共産党によって琉球王国、中国を礼賛する沖縄の左翼や政財界の権力者たちがいいように操られ、自ら崩壊へと向かう動きが加速しているのです。

沖縄出身の惠隆之介氏は次の様に言います。
『本土の皆さんにお願いしたいのは、沖縄を哀れむのはもうやめて欲しいということだ。たしかに沖縄戦は大変だったが、誰も本当のことを教えないので皆さんは沖縄が米軍統治時代に内地を遥かに凌ぐ「黄金時代」を謳歌したことを知らない。そして日本復帰後も多額の補助金や税金の優遇などこれほど手厚い保護を受けている県民は他にない。しかし残念ながら内地の日本人、政府が沖縄の本当の姿を見ようとせず、湯水の如く金をバラ撒き、甘やかすことがどれだけ沖縄を狂わせていることか。沖縄の政治家は政府をゆすって金を取ることしか考えず毎年投下される一兆二千億円もの国民の血税は財政界の権力者層の内輪でバラ撒かれ、その一部は左翼の活動家や中国にさえ流れている。
県民にはまともに働かない人間が増え、その金は末端では酒に消えていくのだ。沖縄に渡される復興予算のうち約800億円の"特別推進交付金"に関しては使金使途が一切問われず領収書も不要。ただし一年で使い切らないと減額されるため関係者へのバラ撒きが問題になっている。
離島という特殊な環境にあることからシェア98%を握る極左の地方新聞2社の権力が強く、まさに〝情報の鎖国状態〟に陥っている沖縄からはこのような不都合な真実は全く表に出てきません。本土の人間がこういったことを糾弾するとすぐに「沖縄ヘイト」「差別」というレッテルを貼られ、感情論で封じ込まれるため、これまではなかなか真実を伝えることが出来ませんでした。』

沖縄は地政学上、国防において日本の大変重要な位置にあります。その沖縄が知事選の結果の様に大変危険な状態にあることは間違いないと思っています。沖縄が内から崩壊し最悪の場合、ロシアにあっという間に併合されたクリミア半島のようにあと数年、数十年経てば沖縄も国際社会が認める〝中国の属国〟に自然となっているかもしれません。私達は沖縄の重要性を今一度認識し、関心を持ち、真実を知り、正すべく発信していくことが大切なことだと思います。











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平成30年9月 悠久の大義

  • 投稿日:2018年 9月 5日

残暑もようやく、

和らぎましたが、皆様にはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

恒例の

【秋のわくわくリフォームまつり】を下松本店は9月29日・30日、岩国店は10月13日・14日に開催させていただきます。日頃のご愛顧への感謝の心を込めて社員一同おもてなしをさせていただきます。皆様御誘いあわせの上お越しいただければ幸いでございます。

「四時の序(じょ)、功(こう)を

成したものは去る」という言葉が「十八史略(じゅうはちしりゃく)」にあります。
 四時というのは、春・夏・秋・冬のことです。
 春は春の役割をしっかりと果たして夏にゆずっていく。夏も、秋も、冬も同じです。それぞれの役割を精一杯果たして、次の季節に移っていくわけです。
 何千年、何万年と続く宇宙の摂理から、人間も逃れることはできません。
 役割を果たした人は常に、次の人にバトンタッチし、冥界に移っていきます。
 言い換えれば、今、ここに生きている私達は『自分の役割を果たさなければならない』ということです。
 幼少期からの無数無限の縁、その影響の中で人間は各々の人格が形成されていくわけです。当たり前といえば、当たり前ですが、どんな偉大な指導者も、哲人も一人で人格を形成した人はいません。
 人は皆凡夫なり、と聖徳太子は言ったそうですが、人は皆、縁の中でしか生きられない、その意味では人は皆一様に凡夫なのです。

一篇の詩をご紹介します。

生きているということは、
誰かに借りをつくること
生きているということは、
その借りを返していくこと
誰かに借りたら、誰かに返そう
誰かにそうしてもらったように、
誰かにそうしてあげよう
誰かと手をつなぐことは、
その温もりを忘れないでいること
巡り合い、愛し合い、
やがて別れのその時、
悔いのないように
今日を明日を生きよう
人は一人では生きてゆけないから
誰でも一人では歩いてゆけないから

生かされていることに感謝。






~中村社長が深く感動し、常に心に或る詩~


青 春

原作:サミエル・ウルマン
邦訳:岡田義夫

青春とは
人生のある期間を言うのではなく
心の様相(ようそう)を言うのだ。
優れた創造力、
逞(たくま)しき意志、
炎ゆる情熱、
怯懦(きょうだ)を却(しりぞ)ける勇猛心、
安易を振り捨てる冒険心、
こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失う時に初めて老いが来る。
歳月は皮膚のしわを増すが
情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や、狐疑(こぎ)や、不安、恐怖、失望、
こう言うものこそ
恰(あたか)も長年月の如く人を老いさせ、
精気ある魂をも
芥(あくた)に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、

その輝きにも似たる事物や
思想に対する欽仰、
事に処する剛毅な挑戦、
小児の如く求めて止まぬ探求心、
人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く 
疑惑と共に老ゆる
人は自信と共に若く 
恐怖と共に老ゆる
希望ある限り若く 
失望と共に老い朽ちる

大地より、神より、人より、
美と喜悦、勇気と壮大、
そして偉力の霊感を受ける限り、
人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、
悲嘆の白雪が
人の心の奥までも蔽(おお)いつくし、
皮肉の厚氷(あつごおり)が
これを堅くとざすに至れば、
この時にこそ人は全く老いて、
神の憐れみを乞うる他はなくなる。




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平成30年7月 悠久の大義

  • 投稿日:2018年 7月 1日

向暑仲夏の候、

皆様方におかれましては、益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。

先日開催

させていただきました【下松本店ショールームオープン10周年祭】、【岩国店ショールームオープン1周年祭】には、大変たくさんの一期一会クラブ会員様のご来場を賜り、誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。2会場で皆様にご協力いただいた義援金は震災被災地の方々に届けさせていただきます。ご協力ありがとうございました。

大正生まれの男たち

大正生まれの男児、僅か15年間の運命的にあらゆる面で明瞭に画された【時】と、言えるのではないでしょうか。
 大正時代に生まれた男児の殆どは、日中戦争、太平洋戦争の兵力の中心となり、戦禍の犠牲になって戦死した二百三十万の兵の殆どは、この大正生まれの男児であったのです。大正元年生まれは、終戦時の昭和20年には33歳、大正15年生まれは19歳となっていました。すなわち太平洋戦争は大正生まれの若者たちによる戦争だったのです。大正生まれの男子の総数は千三百四十八万人。そのうち「7分の1」にあたるおよそ二百万人が戦死しているのです。
 戦後の焼け野原からの戦後復興、どん底の日本を今の豊かな日本への礎を築いてくださったのも大正生まれの方々を中心とした人々のがんばりがあったからこそではないでしょうか。バルブをひねれば綺麗な水道の水が飲め、農地も整理され、高速道路、ダム、発電所などなど、世界を見渡してもこれほどきめ細やかに社会インフラが整備された国はない。これは決して当たり前のことではない。戦争で生き残り、同級生の多くの人が戦死し、彼らの分まで生きよう、自分達の世代で何とかしなくては、という使命の下、世の為、国家の為に一生を捧げられた大正生まれの方々に感謝の念を捧げなくてはならないと思います。
 私達は多くの先人たちの血の滲むような努力のおかげで今の生活があるということ。そして今我々が次の世代に何を残し、手渡すのか...一人一人がよくよく考える必要があるのではないでしょうか。




鎮魂譜

大正生まれの俺たちの
別れし友の魂魂(たましい)は
空ならば なお 天翔り
海ならば なお 水づき揺れ
大地(つち)ならば なお 草むさん
いでや 我が友 この胸に
しかと 眠れや なあお前

▲下段の「大正生れ」の歌が全国の旧軍関係の方達に愛唱されるようになると、作詞者のもとに"戦死した仲間への鎮魂の歌を作って欲しい"との声が届き遅れること10年で完成した一節。


大正生れ
一.大正生れの俺たちは 明治の親父に育てられ
 忠義愛国そのままに お国の為に働いて
 みんなの為に死んでゆきや 日本男児の本懐と
 覚悟を決めてきた なあお前

二.大正生れの青春は 全て戦の只中で
 戦いごとの尖兵は みな大正の俺たちだ
 終戦迎えたその時は 西に東に駆け回り
 苦しかったぞ なあお前

三.大正生れの俺たちにゃ 再建日本の大仕事
 政治 経済 教育と ただがむしゃらに幾十年
 泣きも笑いも出尽くして やっと振り向きゃ乱れ足
 まだまだやらなきゃ なあお前

四.大正生れの俺たちは 幾つになってもよい男
 子供も今ではパパになり 可愛い孫も育ってる
 それでもまだまだ若造だ やらねばならぬことがある
 休んじゃならぬぞ なあお前
 しっかりやろうぜ なあお前

大正生れ(女性篇)
一.大正生れの私達 明治の母に育てられ
 勤労奉仕は当たり前 国防婦人のたすきがけ
 みんなのためにと頑張った
 これぞ大和撫子と 覚悟を決めていた
 ねえ あなた

二.大正生れの私達 すべて戦争のただ中で
 銃後の守りはまかされた みな大正の私達
 終戦迎えたその時は たのみの伴侶は皆軍神
 寂しかったね ねえ あなた

三.大正生れの私達 再建日本の女房役
 姑につかえ子育てと ただがむしゃらに三十年
 泣きも笑いも我慢して やっと振り向きゃ白い髪
 それでもやらなきゃ ねえ あなた

四.大正生れの私達 今では五十六十と
 子供もよいパパママとなり 可愛い孫のお守役
 今では嫁も強くなり それでも引かれぬこともある
 休んじゃおれない ねえ あなた
 しっかりやりましょ ねえ あなた




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