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vol.100 松下幸之助 人生をひらく言葉

「せめて素直な心の初段になりたい」

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 ぼくも素直になりたい、たえず素直でありたいと、だいぶん前から考えておったんです。じっと考えてみると、これは相当時間がかかりますな。毎朝起きたときに、きょうも素直な心を持ってやらないかん、と自分に言いきかす。晩に、きょうは一日素直にやったかどうかを反省してみる。それを毎日毎日やれば、素直な心の初段になれるんではないか。それには三十年かかります。最近そういうことを考えて、素直な心になって死のうと思うと、どうしても三十年生きなければいかん。それに今挑戦しているんです。

松下幸之助の言う、

「素直な心」は何に対しても従順であるということではありません。
従順という言葉を使うなら、真理、道理に従順、つまり何にもとらわれず、真理、道理に従う心なのです。
人間というものは、みずからの欲望や感情、あるいは知識や過去の体験等々さまざまなことにとらわれるものです。
しかし、それらにとらわれるとムリが生じてうまく事が運ばなかったり、人間関係に支障をきたすことも往々にして出てきます。
PHP研究所で、当時所長であった松下の著書『商売心得帖』を発刊したときのこと。
タイトルに合った和装の表紙にしようということになり、紙面に凹凸のある和風の紙に紺色のインキで刷ろうということになりました。
しかし、印刷会社の技術者から、この紙で広い部分を刷ると紙にインキがのらず、むらが出るという意見が出てきたのです。そこで、手間と費用がかかるのですが、紺色の紙に短冊状のタイトル部分だけ別に刷り、それを張りつける方法で見本をつくりました。しかし、そうすると、糊が乾くと皺が出てきたのです。そのことを報告した出版責任者に松下は、厳しい言葉を発しました。
「印刷の専門家ができないと言っているんか。しかし、これまではできなかったかもしれないが、今ならできるかもしれないではないか。君らはやりもしないで、どうしてできないと分かるのか」
 出版責任者は早速印刷会社に赴き、技術者とテストを繰り返しました。その結果、短冊を張らず刷れるようになったのです。印刷の技術者も編集者もなまじっか印刷のことが分かるだけに、その知識にとらわれて、できないと思い込んでいたのです。
 企業の最高責任者として日々決断を下さなければならない松下にとって、素直な心は、到達した窮極の心の境地でした。碁を毎日一回、一万回打てば初段にはなれるということを聞き、素直の初段にも、毎日一回一万回、三十年のあいだ、【きょう一日何にもとらわれていなかったか】を反省し、素直な心になろうと念じれば必ずなれると考え、日々努力をしていました。
 けれども、三十年経って人から、「もう素直の初段になれましたか」と尋ねられ、「いや、なりかけると、癪に障ることが出てきて、後ろに引き戻される」と笑って答えています。素直な心は松下の生涯の目標だったのです。


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↑和紙独特の凹凸が上品でいい雰囲気を醸し出しています。
当時他の著書も同じような表装で発行していました。現在はもっと気軽に手に取れるよう文庫本で出ています。(下画像)

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松下幸之助氏とは、中村社長が尊敬する人物の一人。
パナソニックの創業者である松下幸之助氏が生前に語られたお言葉は英知と洞察にあふれています。
この特集ページでは、毎号ひとつずつ皆様にご紹介いたします。(PHP出版の書籍より)

【松下幸之助】日本の実業家、発明家。
パナソニック(旧社名:松下電器産業、松下電器製作所、松下電気器具製作所)を一代で築き上げた経営者である。異名は経営の神様。自分と同じく丁稚から身を起こした思想家の石田梅岩に倣い、PHP研究所を設立して倫理教育に乗り出す一方、晩年は松下政経塾を立ち上げ政治家の育成にも意を注いだ。

PHP総合研究所 研究顧問 谷口全平
松下電器の創業者である松下幸之助は、資金も学問もなくしかも病弱。
「徒手空拳」ですらなく、マイナスからの出発であった。
にもかかわらず、かにして成功を収めることができたか?
本書は波瀾に満ちた94年生涯で語られた【人生をひら言葉】を軸に、松下幸之助の信条や経営観、人間としての喜びを解説した。「勝てばよし」がまがり通る今日、「なぜ生きるのか」を問う人生の書である。