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vol.115 松下幸之助 人生をひらく言葉
「苦労を知りあう」
一人ひとりの汗の結晶が隣の人に理解されないほど寂しいものはない。皆さんの努力が、部下の人にもまた上長の人にも知られるということは、何にもまして心うれしいことです。それがそういうように受け取られないということは、私は非常に心寂しいものだと思います。そういう心寂しいものを持つか、温かいものを持つかということが、これが人生上の問題であると思うのです。打てば響くようなかたちにおいて全員が結ばれていくというようにならなければ、決して成果はあがるものではありません。 |
松下幸之助は、
大正七年、二十三歳のとき、妻とその弟との三人で、松下電器を創業しました。幸い電気器具の製造販売の仕事は順調に発展し、従業員も百五十人ほどになっていたある日のことです。
松下は、仕事で街に出かけたとき、街角で知り合いの区会議員に偶然に出会いました。その人は十七歳年上でしたが、久しぶりだということで、松下をレストランに誘いました。『お茶でも』という心づもりに反して、その人は豪華なランチを注文してしまったのです。ところが運ばれてきたランチをジッと見つめたまま、松下はそれに手をつけようとはしませんでした。
「どうかしたんかね」
身体の調子でも悪いのかといぶかる相手に、松下は申し訳なさそうにこう答えました。
「社員の人たちが今、汗水たらして一所懸命働いてくれていることがフッと頭に浮かびましてね。それを思うと、私だけがこんなご馳走をいただくのは、申し訳なくて、食べられんのです」
従業員とともに、汗水たらして働いていた松下にとってそれは素直な感情だったのでしょう。
私たちの毎日の仕事には苦労がつきものだけに、仕事がうまくいったときの喜びもまたひとしおです。そして、そうした苦労や喜びを周囲の人たちにも分かってほしいと思う。仕事がうまくいかなくて落ち込んでいるときに、職場のだれかのちょっとした一言が励ましになったとか、仕事がうまくいったとき、周りの人も一緒に喜んでくれてとてもうれしかった、そのような経験は、程度の差はあっても、だれもが持っていることでしょう。
もちろん、その反対に自分がやっていることに周囲が無関心で、心寂しい思いをしたこともあるかもしれません。
自分がそうであるように、同僚も上司も後輩も、だれもがそのような感情を持っている。そのことをお互いに分かりあおう、お互いの努力に共感しあい、お互いの喜びをわが喜びとしよう。そこに、一人ひとりの幸せも、全体としての仕事の成果も生まれてくる、と松下は言うのです。